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広島地方裁判所 昭和39年(ヨ)414号 判決 1967年2月21日

申請人 田中美光 外九名

被申請人 株式会社ラジオ中国

主文

申請人らが被申請人の従業員である地位を仮に定める。

申請人らのその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、申請人らの主張

申請人ら代理人は「申請人らが被申請人の芸能員として雇傭契約上の権利を有することを仮に定める。被申請人は申請人らに対し、別表記載のとおりの各金員を昭和三九年四月一日以降毎月二五日限り支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、被申請人会社は、肩書地に本社をおき、放送事業及びそれに関連する事業を営む株式会社であり、申請人らは放送楽団、放送劇団、放送合唱団、放送効果団の各団員(以下芸能員という)として、別表記載の各年月日に被申請人会社に雇傭され、昭和三九年三月三〇日当時、別表記載の一個月平均賃金を毎月二五日限り、各支払を受けていたものであり、また申請人らはいずれも被申請人会社の芸能員によつて組織されるラジオ中国芸能員労働組合の組合員である。

二、被申請人は昭和三九年三月一六日、申請人ら全員に対し従前被申請人と申請人らとの間に結ばれてきた雇傭契約である専属出演契約を同年四月一日以降更新しない旨の意思表示をなし、同日以降、申請人らを被申請人会社の従業員として取扱わず賃金の支払をしない。

三、右更新拒絶の意思表示は実質的には解雇の意思表示と解すべきところ、次の理由により無効のものというべきである。すなわち申請人らの属する芸能員組員は、昭和三六年七月二二日結成以来芸能員の労働条件の向上(身分の安定、社会保険制度加入の実現、賃上げ等)、民主的な放送の実現を目指し活発に活動してきたが、被申請人会社は右活動を嫌悪し、しばしば組合に対し分裂工作等をなしたが、右組合が昭和三八年五月一一日日本民間放送労働組合連合会に加盟するや、さらに反組合的態度を露骨に現し、組合の弱体化を策し最後の手段として本件解雇の挙に出たものである。

被申請人会社は芸能員の需要が減少したと主張するが、被申請人会社は昭和三八年以降も新芸能員を採用し(但し組合には加盟させない)、さらにアルバイト等も使用して番組編成を行つており、右解雇は組合壊滅を目的としたもので不当労働行為というべきであり、そうでないとしても、突如何ら正当の理由もなく芸能員全員を解雇するが如きは解雇権の濫用として無効なものである。

四、申請人らは被申請人に対し雇傭契約存在確認ならびに賃金請求の本訴を提起すべく準備中であるが、申請人らは被申請人会社から支払われる賃金のみで生計を維持するもので、本案判決の確定をまつては著しい損害を被ることになるので、本件仮処分申請に及んだものである。

第二、被申請人の主張

被申請人代理人は「申請人らの本件仮処分申請を棄却する。申請費用は申請人らの負担とする。」との裁判を求め、その主張として次のとおり述べた。

一、被申請人会社と申請人らとの間の放送出演契約は雇傭契約ではなく、請負ないしそれに類似の契約であるから、右出演契約が雇傭契約であることを前提とする本件仮処分申請は失当である。

二、本件出演契約の期間は昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日までと定められていたところ、被申請人会社は昭和三九年三月二一日申請人らに対し右契約期間終了後は再契約に応じない旨の意思表示をしたが、これは次の理由によるもので、申請人らの組合活動を嫌つたがためではない。すなわち、昭和三四、五年頃までは芸能員の演出による自社番組の需要が比較的多かつたが、近時レコード・テープの出現により、これが自社番組に代替するようになり、またスポンサーも自社番組には広告価値を認めずこれにスポンサーがつかないため芸能員に支払う報酬は全額欠損となる状態となり、一方企業の競争が激しくなつたため被申請人会社も企業合理化の必要にせまられ、必要性、経済性のなくなつた申請人ら芸能員との間の本件出演契約の解消のやむなきに至つたのである。したがつて、被申請人会社と申請人らとの本件出演契約は昭和三九年三月三一日期間満了により終了した。

第三、疎明資料<省略>

理由

一、甲第二、三号証、甲第一七、一八、一九号証、甲第二一号証の一ないし一〇、乙第一号証、乙第二号証の一ないし一〇、乙第三号証、乙第一八号証の一、二、申請人田中美光本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に徴すると、被申請人会社は資本金三億八千万円余を有するラジオ、テレビジヨン放送事業を営む株式会社であり、申請人らは別表記載の各年月日頃被申請人会社といわゆる専属出演契約を締結し、以来被申請人会社の放送楽団、合唱団、劇団、効果団の各団員として、会社の定めるラジオ中国放送芸能団出演規定(乙第一号証)に従つて番組出演等の仕事に従事してきたところ、被申請人は昭和三九年三月一六日頃申請人らに対し、右出演契約書(契約書は期間一年と定められ、従来毎年書替えられてきた)上の期限がきれる同年四月一日以降は契約を更新しない旨の意思表示をなし、同日以降申請人らを従業員として取扱つていないことが疎明される。

申請人らは右意思表示は実質的に解雇の意思表示であるところ、不当労働行為ないし解雇権の濫用であつて無効のものであると主張し、被申請人は右出演契約は雇傭契約ではないと主張するので以下順次検討する。

二、本件出演契約の法的性格

乙第一号証(甲第二号証と同じ)、乙第二号証の一ないし一〇によれば、本件出演契約を締結した申請人ら芸能員は被申請人会社が定める前記芸能団出演規程に従わねばならないものであるところ、右規程によると、団員は会社の企画及び指示に従つて放送番組等に出演し、出演に際しては会社の定めた指揮者の指揮に従うことが義務付けられている反面、専属契約料としてランクに従い昭和三八年当時月額二一、八〇〇円ないし三三、八〇〇円の固定給が保障され、右は病気欠勤の場合にも支給されることになつており、また団員は会社の事前許可を得なければ他社出演はできない旨定められている。右によれば、本件出演契約は仕事の完成を目的とする請負ないしこれに類似する契約とは認めがたく、被申請人と申請人らとの間にはいわゆる使用従属関係が認められ、報酬の支払は労務の給付そのものに対してなされ、またそれは生活給的要素を包含するものと認められるから、本件出演契約は雇傭契約であると認めるのが相当であり、申請人らは労働基準法、労働組合法等の保護を受ける労働者と認めるべきである。なお右出演規程、出演契約書には右契約は期限一年と定められているが、冒頭掲記の各証拠と弁論の全趣旨によれば、被申請人と申請人らの雇傭契約は当初の契約後一年毎に新規に雇傭されたものでなく、当初の雇傭契約が継続された期限の定めのない雇傭契約であると解するのが相当で被申請人のなした前示更新拒絶の意思表示は期限の定めのない雇傭契約についての解雇の意思表示とみるのが相当である。

三、不当労働行為の主張について

甲第一号証、甲第四号証の一、二、証人隅井孝雄の証言、申請人田中美光本人尋問の結果によると、申請人らはラジオ中国芸能員労働組合の組合員であり、右組合は芸能員の労働条件の向上特に社会保険制度加入実現のため被申請人会社と交渉を行う等活発な活動をなしたことはうかがえるが、乙第四号証、乙第五号証の一ないし五、乙第六ないし第一四号証によると、近時レコード、テープの出現により芸能員の需要が減少し、また芸能員出演番組にはスポンサーがつきにくく芸能員を会社の専属のもとにおくのは不経済となつたため、被申請人は芸能員に会社外で別組織を結成させ、必要に応じてこれから芸能員の供給を受けることにし、もつて経営を合理化すべく前示解雇の意思表示をしたものであることが疎明せられ、申請人らの組合活動の故に右意思表示をなしたとは認めがたくこの点の申請人らの主張は理由がない。

四、解雇権の濫用について

甲第六六ないし第六九号証、乙第一二ないし第一六号証、乙第一八号証の一、二、申請人田中美光本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、芸能員組合と被申請人会社は昭和三九年二月頃から来期契約更新の問題及び社会保険加入問題等につき団体交渉を行つていたが、被申請人は右交渉の途上同年三月一六日頃芸能員らに対し前記別組織結成、右結成については被申請人が相当の援助する旨の提案をし、同年四月一日以降は契約を更新しない旨の意思表示をなし、以後は契約更新についての話し合いには応ぜず右提案を受諾するか否かの返答を求めるのみに終始したこと、組合側は右提案受諾後の生活に不安があつて、右は今後の課題とすることとして契約更新を求めたが、四月一日までに交渉が妥結しないで現在にいたつたことが疎明せられる。

ところで、企業は、資本所有の自由が認められるのであるから、企業の合理化のためにその従業員を解雇することは、原則として許さるべきものであるが、右の解雇が企業の恣意に委ねられ、いたずらに労働者の失業による生活の不安をきたす如き場合は、公平の原則上、権利の濫用として無効と解するのが相当である。

そこで、右観点から本件解雇につき考えるのに、さきに認定したところによれば、被申請人会社は、芸能員の関与する自社制作番組に対する需要が近時とみに減少し、本件解雇前の現状のまま申請人らを雇傭することは不経済であるので、経営合理化の上から芸能員の人員整理の必要ありとして本件解雇に及んだものであり、また、解雇後の申請人らに対する援助として、被申請人が前示の如き提案をなしたものとみるべきであるところ、右提案の如く、申請人らが新たにプロダクシヨン等を結成するのは労働者として必ずしも容易でなく、仮にそれが可能であるとしても相当の準備期間を必要とするのみならず、被申請人のなす援助も必ずしも具体的でなく、早急に実行可能のものともいいがたい程度のもので、右によつて被解雇者の生活の不安が解消するものでなく、芸能員雇傭が不経済であるとの被申請人主張も、芸能員に対する人件費を、その関与による自社制作番組に対する収入との関連において損益計算したばあいのことにすぎぬもので、右の計算上の損失が冗費であつて直ちに企業の損失といえるかは、放送事業の複雑な性格上、即断しがたく、かえつて、申請人田中美光本人尋問の結果により、被申請人は本件解雇後申請人らの組合に属していて本件解雇後組合を離脱した芸能員約一〇名のほかアルバイト等を使つて自社番組を制作しており、甲第五七号証の一、二、甲第九二ないし第一〇〇号証によれば、被申請人会社は企業全体としては毎期相当の利益を上げ、民間放送事業会社の中でも高位の利益配当(昭和三七年度年一割五分)をなしておることが各疎明されることからすると、被申請人の右不経済性の主張は芸能員全員の即時解雇を合理化するに足るものとしては納得しがたいし、芸能員が不必要であるとの被申請人の主張も右説明したところにより全面的には採用しがたいところである。

以上によれば、被申請人に芸能員の人員整理をすべき必要のあることは否定できないが、整理の人員、時期は、前述の被解雇者の生活等の問題を考慮して合理的に定めるべきであるのに、本件解雇は、右合理性を欠き芸能員全員を直ちに解雇すべき理由を見出しがたく、ことに甲第六六ないし第六九号証と弁論の全趣旨によると、被申請人は本件雇傭契約を請負類似の契約であるとしこれを前提として、申請人らに対し更新拒絶の交渉をしたものであることが疎明できることからすると、被申請人は申請人らに対する人員整理をするには、申請人らとの契約が雇傭契約であることを前提とし、合理化の必要性を申請人らに説明した上その時期と方法を定めるのが前示の公平の原則にそうものというべきである。したがつて、本件解雇は、仮処分により、解雇権濫用による無効のものとして取扱うのを相当とする。

五、仮処分の必要性

右四によれば申請人らの従業員たる仮の地位を定めることを求める申請はその必要があるので認容すべきであり、賃金の仮払請求については、乙第一号証、乙第二二号証の一ないし九によると、申請人らは従前からアルバイト等により他から収入を得ることも許され、また、本件解雇後は他に職を得るなどして生活を維持しているものと疎明せられ、ことに本判決後の賃金は、先に説明した人員整理の問題とともに労使の自主的話し合いによつて解決すべきであると考えるので、仮処分により賃金の仮払を命ずる必要はこれを認めない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川茂治 雑賀飛龍 河村直樹)

(別表省略)

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